仏典のことば|長円寺 - cho 長円寺

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「ブッダから現在日本人へのメッセージ」より 

タイースカトー寺副住職プラユキーナラテボーすさまじい勢いで変化する現代社会
 近年。人間社会はすさまじい勢いで変化している。次々と新しい技術か生まれ、新製品が開発される。特に情報化という側面ではきわめて高度化・スピード化しており、昨日できなかったことが、今日はもう可能となり、明日にはさらにバージョンアップしている。
 そういったスピーディーな情報化した社会に身を置いて生活するようになれば、私たちの脳も自然と馬力を上げてフル回転をはじめていく。たとえて言えば、いままで乗っていた普通車からスポーツカーに乗り換えたようなものであろう。

ところで、車自体がものすごく性能アップしても、それに見合う運転技術がともなっていなければどうだろう。仮に運転を誤ったりすれば、普通車のときよりも人きな事故になってしまうだろう。

 現代の日本では、うつ病をはじめとしたさまざまな心の病を患い通院する人も増加の一途と聞いた。これも以前なら悩みぐらいで済んでいたのが。馬力の増した心の暴走によって、以前より心の問題も人ごとになっていると言えるのではないだろうか。

そんな意味でも、この高度情報化時代を生きる私たちには、心をコントロールする力がますます要求されてきていると言える。

同時に、心の操縦技術を磨いていきさえすれば、これまで以上に、心のパフォーマンスを上げ、より豊かに創造的に生きていくことか可能になっていくだろう。

実は、その具体的な方法を二五〇〇年以上も前に発見し、人々に説いたのが他ならぬブッダだったのである。

仏典のことば 油断

真言宗豊山派「光明」より
王様の命令
 むかし、ある王様が油のいっぱい入った鉢を家臣のひとりに渡し、「これを持って通りを歩け。一滴でもこぼしたら、お前の命を絶つ!」と命令しました。

 鉢をささげた家臣のうしろには、刀を抜いて今にも切りかかろうと身がまえる男が、ぴったりと寄り添うではありませんか。絶対絶命の家臣は、人ごみの中をあるきはじめました・・・・・

 これは『涅槃経』というお経に説かれた話です。油をこぼしたら命がないなんて、ほんとうに物騒がせですよね。さて、気になるのは、家臣の運命。

 一瞬たりとも気を抜かなかったおかげで、なんとか油をこぼすことなく歩き通すことができたのでした。

 この、油で命を絶たれそうになった話がもとになり、油断という言葉ができました。「気をゆるして、注意をおこたるな」と言う意味で使われます。
石仏
・・・・・その真意は・・・・・

 わがままな王様の不理屈な話のようでうすが、お経に説かれているのですから、当然そこには深い意味が込められています。ご紹介しましょう。

 説話の中心となる油は、戒をたとえたものです。 戒めとは、仏教徒がまもるべき大切ないましめ。 ですから「油を一滴もこぼさない」とは、「どんなささいないましめも破らない」ことを意味します。

 次に、油がいっぱいに入った鉢は、我々の体と心です。「慎重に鉢をささげ持つ」というのは、「体と心のバランスを丁寧に保つ」ことを指します。

 ちなみに、王様は仏で、家臣は修行者のたとえです。
観音石仏
・・・フラフラしない・・・・

 尽きることがない欲望を胸に、世にあふれる無数の誘惑のただ中で生活している私たち。あっちへフラフラ、こっちへフラフラと、腰が定まらない生き方になっても無理ありません。それをいましめるのが、この説話です。

 雑踏の中でもふらつかず、油をこぼさなかった家臣こそ、一番のお手本。いましめを守り、体と心の調和を整えることが、フラフラしない生き方のヒントであることは、いうまでもありません。

 さあ、まっすぐな生き方を心がけましょう。そのためには、もちろん何ごとにも「油断は禁物」です。

仏典のことば 油断
真言宗智山派清龍山「長円寺」
391-0011 長野県茅野市玉川穴山11373 
TEL 0266-79-3720
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