仏典のことば 油断


真言宗豊山派「光明」より

王様の命令

 むかし、ある王様が油のいっぱい入った鉢を家臣のひとりに渡し、「これを持って通りを歩け。一滴でもこぼしたら、お前の命を絶つ!」と命令しました。

 鉢をささげた家臣のうしろには、刀を抜いて今にも切りかかろうと身がまえる男が、ぴったりと寄り添うではありませんか。絶対絶命の家臣は、人ごみの中をあるきはじめました・・・・・

 これは『涅槃経』というお経に説かれた話です。油をこぼしたら命がないなんて、ほんとうに物騒がせですよね。さて、気になるのは、家臣の運命。

 一瞬たりとも気を抜かなかったおかげで、なんとか油をこぼすことなく歩き通すことができたのでした。

 この、油で命を絶たれそうになった話がもとになり、油断という言葉ができました。「気をゆるして、注意をおこたるな」と言う意味で使われます。


・・・・・その真意は・・・・・

 わがままな王様の不理屈な話のようでうすが、お経に説かれているのですから、当然そこには深い意味が込められています。ご紹介しましょう。

 説話の中心となる油は、戒をたとえたものです。 戒めとは、仏教徒がまもるべき大切ないましめ。 ですから「油を一滴もこぼさない」とは、「どんなささいないましめも破らない」ことを意味します。

 次に、油がいっぱいに入った鉢は、我々の体と心です。「慎重に鉢をささげ持つ」というのは、「体と心のバランスを丁寧に保つ」ことを指します。

 ちなみに、王様は仏で、家臣は修行者のたとえです。


・・・・フラフラしない・・・・

 尽きることがない欲望を胸に、世にあふれる無数の誘惑のただ中で生活している私たち。あっちへフラフラ、こっちへフラフラと、腰が定まらない生き方になっても無理ありません。それをいましめるのが、この説話です。

 雑踏の中でもふらつかず、油をこぼさなかった家臣こそ、一番のお手本。いましめを守り、体と心の調和を整えることが、フラフラしない生き方のヒントであることは、いうまでもありません。

 さあ、まっすぐな生き方を心がけましょう。そのためには、もちろん何ごとにも「油断は禁物」です。

仏典のことば 油断